西島建男歌集1

テイ挽歌       西島建男歌集1

 

1   白骨を砕きて散りぬ

   かよわくも妻の小指の

    灰さらさらと

 

2   死なんとし宇治川の淵

   さまよえば大文字の火

    あかあかと燃ゆ

 

3   捨ててよと遺しし言葉

   古い日記を土に埋めれば

    蟻二匹這う

 

4   妻枕恋を忘れじ

   長夜明け涙と添寝

    夢でも会えず

 

5   仮の宿君の描きし

   水彩画うつろわず光る

     ひまわりの花

 

6   今も夢昔も夢と

     朧夜に

       帰らぬ君の衣いだきぬ

 

7   罪背負い

     救いなき道一人ゆく

      熟した梅の実ぽとりと落ちぬ

 

8    黒き蝶ハイビスカスに

      涕泣し妻テイの魂

         さまよい飛ぶ

 

9    宵闇の目黒川にも桜散り

       みなもに浮かび

       妻の髪にも

 

10    郡上の盆「春駒」踊れば

      亡き人たち夜通し笑みて

      輪を描きたり

 

11     心電の音切迫し

      別れの挨拶涙一粒

       頬流れ落つ

 

12     カルテ見て

      誰にでもゴールありきと

       つぶやく医師を我は憎みぬ

     

13     竿灯のゆらゆらゆれる提灯や

      あるかあらぬかゆらめく

       星月夜

 

14     死も楽し君の待つ場所

      遅れずにレンゲツツジ咲く

         霧深き朝に

 

15     我が心なぐさめかねつ

      妻ひとり病院に置き去りし

       木枯らし泣く夜

 

16     年老いて友も死にたえ

      陽炎にそよぐ枝葉の

       柏の木ひとつ

 

17     いちょうの葉黄蝶が飛ぶよう

           大地覆い忘れた記憶

             胃腸切り裂く

 

18     携帯の君の番号消しきれず

          かけてはすぐ切る

            秋の夕暮

 

19     秋風や病癒えんと欲す日々

         寒し老馬とぼとぼ

           すすき原歩みぬ

 

20     しあわせの季節去りゆき

          みな笑う家族写真に

            ほこり降りゆく

 

21    裏切りを知りもせず

         逝きし君への悔い

           闇夜の霧笛に臓腑震え

 

22    失くしたと尋ね歩きし

         妻の写真お盆に見つかり

          涙留まらず

 

23    チベットで八千個の星

         輝けり我頭上には

            かそけき光のみ 

 

24    川白く「サヨナラダケガ人生ダ」

       井伏鱒二

          竿のヤマメ逃れ

 

25    膨れる海なみだ

       ただよいただよいて

     アメリカの西の浜辺抱きしめり

 

26   コピペ恥じ交差点渡れば

      あれれれれコピペの私と

        鉢合わせになりぬ

 

27   こがらしの愛憎の棘鋭く

      貫きみどりの沈黙

       かたまり沈む

 

28   養子にと願いし人に断りし夜

       ひっぱる母の手熱し

 

29   死に際に会いたしと願う養子

      望んだ人の手冷たく哀し

 

30   泡だて器ピンクとホワイト

      ぐるぐると怒れる頭

       ヒヤシンスなだめり

 

31   帰国の朝ムクゲの唇とき髪の

      韓国夫人に

         別れのキスせん

 

32   胎内で無垢の希望のまま

      死にし子薄き骨埋めれば

        モクレン薫りぬ

 

33   冬の朝アトピーで悶える息子

      僧になりたしと

       父「空」になりぬ

    

34   狂う母包丁片手に死なせてと

       腹に抱きつく

        我の肉のうずき悲し

 

35   狂う母電話線を引きちぎり

      通話を遮断し

       ころげまろびぬ

 

36   伊豆の海大漁旗の船一隻

      米軍機が撃ち

       蜜柑の黄溶けぬ

 

37   米特使の車の屋根踏み

       反安保叫びし

        叔父の亡霊今懐かしき

 

38   心臓を移植させてよ

      サーフィンの美女の

       乳房の谷滑べりたし 

 

39   白砂に十六夜月たゆたいて

        石庭の岩

         宙に浮かびぬ

 

40   苔庭の三日月照れば

        青き蟻無数にうごめき

          地下に潜りぬ 

 

41   朝焼けにベイブリッジの灯

      けだるく海はあくびし

        桟橋は背伸びす

 

42  春西日ベイブリッジを染め

      カモメもだえ

        観覧車笑うも白雲動かず

 

43  潮風の外人墓地に夕やみにじみて

      ブルーの子音

       かすかにきこえぬ

 

43  海の青染まらず

     白き巨船の胴

      船出をいやがり埠頭にまどろむ

 

44  新緑の悲しみ色の

     接着剤岩なだれではがれ

      富士山よ泣け

 

45  富士山と一緒に入る露天風呂

     涙は溶剤

      月光の泡よ飛べ

 

46  いのししの皮剥がれ落ち

          青き胴重力脱し

            竹林の小径から飛ぶ

 

47  孤立死を恐れる老人

     昼カラで桜坂歌い

      白い一毛散りぬ

 

48  洞窟の奥から名呼ぶ声あり

     覚めれば腸のかけら

      地下に落ち行く

 

49  砂時計砂漠を嫌うナルシスよ

     時間を恋し

      ぐにゃりと曲がる

 

50  放射線わが身貫ぬき

     修羅の影

      黒き穴から這い出て笑う