西島建男歌集5
西島建男歌集5
141 五年たつ津波でいたむ
ランドセル引き取りてなく
炉で火となりぬ
142 死のヴェールめくれば
永久の雪原に光り満ち
ペンギン転びぬ
143 身障の赤き手帳を
受け取りぬ
塀のすき間にタチアオイ咲く
144 愛感じず死んで初めて
妻への愛幻想から飛び
現実になりぬ
145 人の妻
白き素足のサンダルばき
盗み見した青春のふるえ
146 (戦争幻景歌6首)
(1) 子ども盾ジリジリと兵は近寄りぬ
撃つか撃たぬか
白き指引きつりぬ
147 (2) 車通れば仕掛け爆弾
破裂しぬ
手足空に飛び内臓塩辛に
147 (3) 狙撃兵照準定め
黒髪の頭を撃てば
記者ほほえみて無し
148 (4) 病院も学校も
地図の図形かボタン押せば
空白のしみ
149 (5) 首斬れば橙色の罪衣
紫の砂
無言で沈み行く
150 (6) ロック響き
銃撃の音リズムになり
倒れし人はテロの血ドラム
151 押入を開ければシールびっしりと
幼児の息子
ガンダムで飛びだす
152 亡き妻の
ピアノ弾く音に彷徨いぬ
酔いどれは森の沼の彼方に
白き石壁を
民族の血赤く
154 寺小屋でわが子の首を検分し
泣けずに泣けし
いじめいけにえ
155 拉致されしわが子追って
北の海白く
冬の花火消ゆ
156 四回目ガン手術戦場か
わが明日は白いもや
勇気高ぶる
157 猫うなり腸凍る夜
人工の肛門軽く
うすものの生寒し
158 あじさいの若角生きよと
勢いあり
ヤッデの小粒の花は鬼ごっこ
159 戦争のつもりになって幻想し
落語「だくだく」
歌に血が出た
160 亡き君のワンピース
くるまりて涙
背のホクロ触る
161 わが身体無数の
注射針のあと
母の遺体思い浮かべぬ
162 白き乳首吸いめくるめく
富士の張り
シュークリームの甘さとろけり
163 ランの花冬の厳しさ生き残り
偶然のごとく
薄紫あり
164 おやじテロで刺され助けられず
夢見たと息子よ逃げよ
我は立ち向かいぬ
165 死んで生き行きて帰りぬ
登りて降り永劫回帰
桜咲き散りぬ
166 検査見て余命半年と
驚かずうなぎ蒲焼食べ
涙流れる
167 肝臓に三ヶ所のしみあり
増殖の速さ
新幹線競う
168 ペゴニアは
きいろみどりあかむらさきと
桜散れば爆笑し合う
169 骨白し隣に座れば
言葉なし雪はワルツ踊り
墓うす化粧す
170 骨壷のとなりに座れば
君笑うおまたせしたと
我も微笑む
171 桜の木落下傘になり
病室飛びて公園で遊ぶ園児に
花びらまけり
172 鶴見川五本の桜
呑み込みてボートは小魚
花は擬餌食らいつく
173 妻死し夜子猫
玄関屋根の上
星に向かいて呪文となえり
174 抱き倒れベット軋みシーツしわ
隣気にして
口にバター含みぬ
175 手術して解剖学の教科書と
違う血管と聞こえる
我は何者
176 桜花世界の破れた穴ぼこへ
流れてゆけば
溺れ消えぬ
177 日光に柿の若葉に梅新芽
がん細胞を
包めよみどりに
178 知りたやな鹿の心を
軽やかにいま草山跳び
穏やかに死ぬ
179 竹やぶが動く黒い風
泊まらないと誘う
鬼女から逃れぬ
180 墨塗りの教科書開き
学びし時TTPの
文書見て戻る
181 死んだならオリオンには行かず
ふたご座の流星群で
放散し飛び散る
182 ルビー燃えさそりの心アンテルス
嫉妬の毒もち
オリオン追い出す
183 さよならを大桟橋から空に投げ
涙は波に
青き音滑る
184 薬漬け若葉芽吹き
手足しびれ髪抜け落ちて
生明るく見ゆ
185 朝焼けを録音したら食べる風
夕焼けを録画したら
泣く光りの音
186 永遠の声天から響く
岩砂漠に憐れみ救い
刻みたれたり
187 兼好が下賎な魚を食すと書く
鎌倉で美味し
初鰹たべ
188 つつじ咲くガンセンターで定年前
ペン折し友と
飲みたい夕闇
189 熱情で大地動き
家潰れ土砂怒る
わがさだめの島
190 恋しくてつつじの赤花
点滅し合図送れど
抱くは白い風
191 蛇うねり六角橋の商店街
屋台でちくわ咥え
辞任を決意す
192 十条の商店街の鶏ボール
頬張り劇見て
殺陣に狂いぬ
193 足踏んだカネよこせと脅す
少年の目
寂寥の影
194 チンピラに追いかけられ
電柱に登りてミンミンと
鳴けば馬鹿かと笑い去る
195 モクレンの香り舌刺し
口吸えば月の歯光り
椿の実硬し
196 病みほうけ電線見れば
ムクドリが流星群のごと
嬉々と飛び立つ
197 若冲見れば赤とさか
にわとりが黄のひまわりに
見得切りいいよる
198 梅雨に濡れ渋谷ラブホ前
不倫揺れ紫陽花の色が
変わり別れぬ
199 つるばらの白露の花は
踊り狂い宴の後は
地に吸い込まれぬ
200 ゼラニウム紅花はとさか羽みどり
庭を競歩で
せわしく去りゆく